総本山誓願寺


浄土宗西山深草派


〒604-8035

京都市中京区新京極桜之町453

  TEL 075−221−0958
FAX 075−221−2019

浄土宗西山深草派 総本山 誓願寺

浄土宗西山深草派 
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案内地図

★京都六阿弥陀仏の第六番札所
●六阿弥陀めぐりは、安祥院の開基、木食正禅上人の発願いより、
定められた功徳日参りを3年3ケ連続39回巡拝すれば
無病息災、家運隆盛、祈願成就がかなうと伝えられています。
1番 真如堂 京都市左京区
浄土寺真如町
11月15日だけ開扉 、
うなづき阿弥陀といわれる
2番 永観堂 京都市左京区
永観堂町
みかえり阿弥陀といわれる
3番 清水寺 京都市東山区
清水町1丁目
本堂と奥院の間の
阿弥陀堂に安置
4番 安祥院 京都市東山区
五条東大路東入る
ここより六阿弥陀めぐりが始る
5番 安養寺 京都市東山区
八坂鳥居前東入る
阿弥陀さんの蓮台が下向き、
花も下向きに咲いている
6番 誓願寺 京都市中京区
新京極三条下がる
天智天皇の勅願寺
●1番から順に巡る事が必要とされている
★功徳日 1月15日 2月8日 3月14日 春の彼岸
4月15日 5月18日 6月19日 7月14日 8月15日
9月18日 秋の彼岸 10月8日 11月24日 12月24日

円光大師(法然上人)二十五霊場第二十番

★西山国師第九番札所
西山国師遺跡霊場
第一番 白河の関 福島県白河市旗宿関の森
第二番 光明寺 東京都大田区調布鵜ノ木町
第三番 西蓮寺 長野県小県郡長門町古町
第四番 来迎寺 新潟県上越市寺町
第五番 善恵寺 岐阜県加茂郡八百津町八百津解脱
第六番 円福寺 愛知県岡崎市岩津町檀ノ上
第七番 専念寺 滋賀県大津市仰木町
第八番 禅林寺 京都市左京区永観堂町
第九番 誓願寺 京都市中京区新京極桜之町
第十番 南遣迎院 京都市東山区本町
第十一番 真宗院 京都市伏見区深草真宗院山町
第十二番 三鈷寺 京都市西京区大原野石作町
第十三番 光明寺 京都府長岡京市粟生西条の内
第十四番 当麻寺奥の院 奈良県北葛城郡当麻町当麻
第十五番 叡福寺 大阪府南河内郡太子町太子
第十六番 浄橋寺 兵庫県西宮市塩瀬町生瀬
鶴ヶ岡八幡宮 神奈川県鎌倉市雪ノ下
善光寺大本願 長野県長野市元善町
法然寺 石川県金沢市菊川
延暦寺文殊楼 滋賀県大津市坂本本町比叡山
四天王寺 大阪市天王寺区四天王寺

新西国第十五番札所

★慈摂大師第六番札所
●慈摂大師。(1443-1495)
真盛。天台真盛宗の祖。念仏を重視して主に近畿地方で布教。

★浄土門の聖地・女人往生の道場
●誓願寺はもと三論宗と伝えられているが、
法然上人が法相宗の蔵俊僧都から当寺を譲られたあと、
浄土宗になったといわれている。
現在は法然上人の高弟・西山善恵房證空上人の
流れをくむ浄土宗西山深草派の総本山である。
●誓願寺では平安時代に、
歴史上有名な二人の女性作家が極楽往生している。
ひとりは清少納言。
当寺で菩提心をおこして尼となり、
本堂そばに庵室を結んだ。
その後、念仏して往生をとげたのである。
もうひとりは和泉式部。
娘に先立たれ、その哀しみから世の無常を感じた式部は、
播州の書写山へ高僧・性空上人を訪ねた。
ところが、「京都八幡山の大菩薩に祈るべし」と言われ、
岩清水八幡宮へ参って祈ると夢に老僧が現れて
「誓願寺で祈るべし」と告げられたのである。
そこで、当寺に48日間こもって一心に念仏をたなえたところ、
今度は霊夢に老尼が現れて
「念仏をとなえれば女人の往生は疑いなし」との
お告げがあったという。
式部は尼となって庵を結び、ここでめでたく往生した。
この庵室が「誠心院」であり、今も新京極に現存している。

★迷子のみちしるべ(標柱)
●現在の石柱は明治10年(1877)に建立。
正面に「迷子みちしるべ」、右側に「教しゆる方」
左側に「さがす方」と彫ってある。
まだ警察のなかった江戸末期〜明治中期に
迷子が深刻な社会問題となり、
各地の社寺や盛り場に石柱が建てられた。
迷子や落し物などをしたとき、
この石に紙を貼って情報交換したのである。
月下氷人(仲人)役の石ということから、
別名「奇縁氷人石」ともいう。

★策伝忌(醒睡笑著者)
●誓願寺第五十五世安楽庵策伝上人〔落語の祖〕
(1554〜1642)は、戦国時代の僧侶として布教に
励むかたわら、文人や茶人としての才にも優れていた。
教訓的でオチのある笑い話を千余り集めた著書
『醒睡笑』八巻は後世に落語のタネ本となり、
策伝上人は「落語の祖」と称されている。
当寺では毎年10月初旬の日曜日に「策伝忌」を営み、
奉納落語会を開催している。

★謡曲『誓願寺』と扇塚
●世阿弥の作と伝えられている謡曲『誓願寺』は、
和泉式部と一遍上人が誓願寺の縁起と霊験を物語る。
和泉式部が歌舞の菩薩となって現れることから
舞踊家の間に和泉式部信仰が生まれ、
能楽など芸能の世界の人々の信仰が厚くなった。
これが、「扇塚」に芸道上達を祈願して扇子を
奉納することにつながっている。
また、当寺の住職であった策伝上人が「落語の祖」
と仰がれていることも扇子との絆を象徴している。
★宝 物
●重要文化財
  誓願寺縁起 三副
  木造毘沙門天立像 一躯
●京都府有形文化財
  地蔵十王図 十一副
  その他、仏画や祖師像、宸翰(天皇ご自筆のお手紙)、
  綸旨(天皇のみことのり)を含む古文書を多数保存している。
★本山の行事案内
●1月1日        「修正会」
●2月3日        「節分会」
  2月15日       「涅槃会」
●3月14日       「善導忌」
●4月23日〜25日  「法然上人御忌」
●8月16日       「精霊送り」 「盆施餓鬼法要」
●10月初旬の日曜日 「策伝忌・奉納落語会」
●11月14日      「別時念仏会」
  11月20日      「西山忌」
●12月初旬の日曜日 「仏名会」
  12月24日      「お身払式」
  12月31日      「除夜の鐘」

■テレホン説法■
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総本山誓願寺のご本尊阿弥陀如来像
南無阿弥陀仏

■誓願寺の創建とご本尊
●誓願寺は飛鳥時代に開かれた寺である。
天智天皇は常に仏の心を求められ、ある夜の霊夢(神仏のお告げ)により、
当時仏師として名を馳せていた賢問子・芥子国父子に
丈六(一丈六尺=4.8m)の阿弥陀如来坐像の造立を命じた。
二人は別々の部屋で仏の半身を彫っていたが、
合体すると寸分違わず合致して見事な仏像ができあがったという。
ご本尊の阿弥陀如来の完成とともに仏堂が建立され、
天智天皇6年(667)に七堂伽藍が完成、「誓願寺」と名づけられたのである。
  ご本尊を父子が制作していたとき、夜になると大勢の人がオノやノミを
使う音が聞えるので部屋の中を見ると、
賢問子が地蔵菩薩、芥子国が観音菩薩になり、
闇の中で光を放ちながら彫っていたという。
これらは春日大明神の本地(本来のお姿)であることから、
ご本尊は春日大明神が造られたと崇め奉られ、今日に至っている。

■誓願寺関係画像 (新しい画面が出ます)
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